2006-12-25

ナイーブな若者

創造的労働者の悲哀 (内田樹の研究室)

内田センセの数日前のエントリ。らしいな、という程度の感想でスルーしていたのだけれど、ちょっと後ろ髪を引かれるところもあったので、感想など。

いまどきの学生というか若者はそんなにナイーブか?と思いつつも、概ねは正論だろう。労働は義務なんだ、とりあえず働けよ、というのは至極真っ当な話であって、そう言うしかない。当たり前だのクラッカーなのだろう。いまどきこの文句はないだろうと思うが、そういう辺りも含めて内田センセっぽい。

で、自己実現だとか自分らしい仕事なんていうのは幻想だから、というのは容易い。けれども、そういうナイーブさを持った若者ということで考えると、逆に今に始まったことでもないだろうと思わなくもない。現代に生きる人であれば多かれ少なかれ持ち合わせている人は結構いるんじゃないのか。自分がそうだったし。仕事というか大袈裟に言うと生きる意味がよくわからなくなって、会社放り出して一日さぼっていた経験はあったりする。でも、なんとなくまた仕事を続けて、今となって仕事が割と好きな方なのではないかと我ながら思ったりもする。いや話を私的にしたくはないのだけれど、何というか、エラーは発生するのだ、思い悩んだりやる気が出なくなるのはありがちな現象なのだ。でもそれを回避する、そこから復帰する回路を、仕組みとしてもプライベートにも持っておくべきなんじゃないかな、なんてことを思った。それが言いたかった。

だから、内田氏のエントリは正論だとは思うが、何となく逃げているように思わなくもない。いや、こういうスタンスでモノを言う人も必要ではあるのだけれど。現場で飯食ってる人間としては、そうそう簡単に辞められても困るし、辞めてもいいがニートになられるとちょっと凹む。できれば何とかしたいのだが・・・。

蛇足ではあるけれど、昔あれはrockin'onだったと思うけれど、ボブ・ディランのインタビューが引用されていて印象に残っている。たしかこんな内容。「あなたは何でこんな小さな町をまわってライブを続けるのか」という質問に対してディランが「何でそんなことを聞くのか意味がわからない。これが私の仕事だからだ」みたいな返事をしていた。ディランっぽいと言えばそうなのだけれど、大学生くらいだったボクにはなかなかショックというか印象的な言葉だった。ディランの熱心なファンではないけれど、この言葉は時々戒めになっていたりする。

Posted by akio at 2006年12月25日 12:11 | 仕事或いはネット周辺
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