2006-01-05

昭和の世界

正月の二日に、よくある風景かもしれないが、親戚が集まってああだこうだと飲み食いをしていた。ワタシはほうほうと聞いているばかり。古い話なのでしょうがない。父や叔父達も五十路を超え還暦が見える年頃のせいかどうかわからないが、子供の頃の話が多くなる。更に祖母がいろいろと付け足すものだから、戦後の頃の話がいろいろと飛び出してくる。ついていけない。

まだまだ明治や大正の面影を残した昭和。そんな時代の話。実家は極普通の地方の農村だと思うのだけれど、結構ドロドロしている。なんというか血が濃い。妾がどうとか、誰がどこへ嫁いで、でも旦那が無くなってあそこへ後妻に行ったとか。子供が無いから兄弟の子供を貰って育てたとか。何だかどこまで血が繋がっているのか訳がわかんなくなる。あそこの家は複雑で腹が3つあるとか。つまり最初の妻、後妻、妾、とそれぞれに子供が居て、だから兄弟の仲が微妙なんだとか。そんな話をずーっとしていた。うちの父等も最近になってようやくに実体が掴めたような、そんな感じ。これで殺人事件でもあれば横溝正史の金田一シリーズの舞台になれるんじゃないかというような、そんな世界が実はほんの2世代前くらいに実在したのだなと思うと興味深い。

たしか宮部みゆきの「理由」もこんな昭和の家族関係を織り交ぜていて、それもちょっと思い出した。

理由
宮部 みゆき
4101369232

でも、本当にたかだか1世代か2世代遡るとそういう社会なのだ。金田一シリーズにしても「理由」にしても、こんな世界なかなか無いよと思っていたのだけれど、結構そういうものだったのかしらん、と認識をあらためた。

21世紀だし平成だし、ニートがどうとかパラサイトとか、DINKS(死語か)とか、そんな社会や家族やをどうこう言っているのが信じられない。社会って変わるんだなと。そういう世界を普通に生きていた祖母なんかは、飄々と喋っている姿を見ると何というか強い。もちろん嫌な思い出や苦労は山ほどあるのだろうけれど、強い。僕等には到達できないんじゃないかという強さがある。そういう強さが必要かどうかは別としてだけれど。

これからも血はどんどん薄くなり、村社会は過去の遺物になっていくのだろう。僕自身、そういう社会じゃ生きていけないだろうし。でも、忘れ去ってしまうのにはちょっと勿体無いような、そんな貴重な話を聞けたように思う。

Posted by akio at 2006年01月05日 01:00 | 余話・雑感
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