2005-11-29

ナウシカのことを思い出して

はてなブックマーク経由で昨日見かけたのがこれ。
『風の谷のナウシカ』批判
30人くらいがぶくましてた。

何となく違和感があったのでつらつらと。

ナウシカはアニメ版よりも漫画版の方が間違いなく面白い。と僕は思っている。アニメ版の救いのあるラストではなく、何とも言えない絶望感(とその中で見出す希望というか開き直り)があって好きだ。そういう意味では上の批評は間違っていないけれど。でも違うのは、ナウシカは単にユートピアを、理想の未来を拒否した訳ではない。あそこでナウシカが拒否したのは、プログラムされた、コントロールされた未来でありユートピアだったと思う。いま手元に本が無いので詳しい解説はできないが、そう記憶している。

例えそれがどんなに理想的で素晴らしい世界であろうとも、何者かにあらかじめ作られた未来を生きることを拒否したのだ。血を吐こうと、愚かな殺戮を繰り返そうと、そして将来絶滅しようとも、自分たちの未来は自分たちで生きるのだと。僕はそう捉えている。だからこそ、あのラストの戦慄するような潔さは気持ちが良い。もちろん救いは無い。限りなく無い。そこにある理想の世界を拒み、破壊をしたナウシカの姿は、一歩間違うとただの馬鹿だ、人類にとっては。けれども、未来をプログラムする方がより高慢で受け入れ難いものであるという選択。それが人だけでなく森や蟲を、大地をも愛することができるナウシカの倫理だろうなと思う。

宮崎駿はこの漫画を10年かけて書いたらしい。アニメ版が成功したであろうはずなのに、書きつづけた。で、こんな物語にしてしまった。詳しくは知らないが、相当にこの頃に思想的に苦しんだと聞く。その辺りは上のリンク先にも触れられている。苦しんだ感じは物語が破綻寸前で進行して、救いの無い、でどうするの?的な終わり方をしてしまうところからも何となく想像できる。当時の宮崎駿にとって、作家としてギリギリの作品だったのだろうと思う。それでも独り善がりな作品でなく、きっちりエンターテイメントしているのはさすがだと思う。宮崎駿ワールドな世界観だけれど、きっちり読者引っ張っていく物語としての面白さを十分に維持して、それであのラストへ雪崩れ込むのはすごい。ラスト近辺のセリフの一つ一つが過剰に熱く、悲しくて強い。間違いなく傑作。

初めて読んだのは二十歳過ぎの頃。何となく当時の閉塞した僕自身の気分に合っていたのかもしれない。一番最近で読み直したのが、たしか4年くらい前だと思うので、また近いうちに読み直してみようかなと思う。

風の谷のナウシカ 7
宮崎 駿
4197700253

Posted by akio at 2005年11月29日 14:28 | 読書の記録
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