CNETのトーバルズのインタービューを読んだ。
僕は昔Linuxに熱狂的だったことがある。無論エンジニアでは無いし、そういう業界に居る訳でも無いのだけれど、その成り立ちだとか可能性にすごく惹かれて、訳もわからず自分のノートPCに四苦八苦しながらLinuxをインストールしたりしていた。その頃のカーネルのバージョンはいくつだっけなあ?5年くらい前の話です。
結局使いこなすことは出来ず、すぐにWindowsに戻ってしまったけど。オープンソースなプロジェクトとかに興味を持てたのは、結局は役に立ったような気がしないでもない。
そんなLinuxの生みの親、トーバルズという人はいまひとつ掴み所が無い。飄々としており、才気がほとばしる、という風には僕には見えない。けれどもLinuxの与えた影響はやはり大きい。そんな彼の言葉からニュートンの「巨人の肩」の話が頭に残った。重要なのは巨人の肩に乗り、他人の概念やアイデアの上に、改善を積み重ねていくことです。
新しいこと、変わったことがしたいという理由で、ゼロから新しいもの、変わったものを作ろうとするのは、私にいわせれば愚の骨頂であり、思い上がりです。Linuxが目覚ましい成果を上げているのは、細事にこだわり大事を逸する愚を犯していないからです。しかし、この穴に陥るプロジェクトのいかに多いことか。NIHシンドロームは病です(編集部注:NIHはNot Invented Hereの略。NIHシンドロームとは他所で開発された技術を嫌い、自社の研究成果にこだわる考え方のこと)。
僕は、ろくに基礎も何もないのに「独創性」とか「オリジナリティ」を語ったり有り難がるのはとても馬鹿らしいと思っている方だ。独創力、という面は僕自身あまり自信が無いので僻みも多少入っているけれど、でもやっぱり馬鹿だなと思う。詳しくは知らないけれど、今の教育制度も問題もそんなことだろうなあと思ったりする。
ITな業界なんかにいると、ついつい自分たちは新しいことをやっているんだと、あたかも自分がオリジナルな気分で大した実績も無いのに偉そうになったり勘違いをしてしまうことがある。それはやはり馬鹿だ。僕達は間違いなく、有名無名の数多くの先達の人々が積み上げたものの上にいるのだ。それだけは忘れていけないなと思うし、その上で何をどう変えて行くのか、何を作っていくのかというのが僕達の仕事だろうと思う。じゃないと、やっぱり遠くまで見ることはできないだろうから。
1/9 16:20追記:
トーバルズの話を途中で放りだしてしまったが、彼はやはり魅力的であるとは思っている。いろんなインタビューから垣間見える人柄も好きだ。あのパーソナリティ無くしては、やはりLinuxのここまでの発展というのは無かったのでは、と思う。そんな彼の言葉だからこそ、ちょっと心に留まったのですかね。
>ITな業界なんかにいると、ついつい自分たちは新しいことをやっているんだと、あたかも自分がオリジナルな気分で大した実績も無いのに偉そうになったり勘違いをしてしまうことがある。それはやはり馬鹿だ。僕達は間違いなく、有名無名の数多くの先達の人々が積み上げたものの上にいるのだ。
言いこといいますね。
本当にそのとおりだと思います。
先人は偉大ですね。偉大。
その上に僕らがいるんですね。
新年早々、初心に戻れる言葉でした。
ありがとうございます。
多分に自戒も込めて書いたモノですから(笑)
Posted by: akio at 2005年01月09日 16:23