先日、葬儀があったことは前のエントリーに書きました。
身近な葬儀は子供の頃以来だったので、いろいろと勉強になりました。
葬儀を出す側だったので、しんみりしつつも慌ただしく、色んな手配だとかお金のこととか、結構大変なものなのだなと喪主である親を見つつ思った次第です。
田舎で地域付き合いがあるせいや、父やその兄弟も地元で仕事をしており何かと繋がりがあって、当日は400名以上の参列がありました。大勢の人に送られれば幸せ、というものではないのだけど、それでもありがたいなと思います。
比較的大がかりだなあと思っていたのですが、葬儀屋からの請求書を見せてもらいかなりびっくりしました。さらにお寺へのお布施だとか、戒名料、その他諸々を足していくと、かなりの金額になりました。
好奇心で、世間一般的な葬儀費用を調べてみました。
葬儀費用
葬儀・告別式の費用
葬儀Q&A-葬儀費用っていくらかかるの?
今回の場合は、やはりちょっと世間相場より大きなものになりました。
ものすごい聖人君子だったかのような弔辞だとか、確かに形式といえば形式。でも、やっぱり良い儀式だなと今回は思いました。これはこれで、一つの知恵なんじゃないかなと。一つの形式に乗っかることで、うまく区切りをつけてくれるような、そんな気がします。
近親には80歳を越えている者が、まだまだ何人もいます。長生きをして欲しいのですけど、それでも死に立ち会う機会は避けられるものでは無いんだなと、あらためて知らされました。
生とか死について根元的に考え出すと訳がわからなくなるのだけれど、感謝できる時、優しくできる時には、できるだけ素直にそうありたいなと今更ながらに思ったり、その難しさというものをちょっぴり感じてます。
この度はご愁傷さまでした。
僕も数年前に祖父を亡くして、
祖父は口が悪いがいつも僕の味方でした。
音楽という縁ができたのも
あの時「やりたいことやらせてやれ」と
言ってもらったからドラムもできました。
悲しくて泣きました。
でも葬儀では涙がでませんでした。
最後に会ったのは病院で、
「もうあかんぞ」って。
でも風邪ひいても「もうあかん」って
言ってた祖父だったので。。
前エントリーを見ながらそんなことを
思い出していました。
長くなり申し訳ありません。
コメント頂きありがとうございます。
祖父、祖母って大概孫の味方ですからね。
うちはまだ3人残ってます。初孫のせいか、とても可愛がってもらえたので感謝してます。
人の死って不思議なんですよねえ。
生物としてはいつか死ぬのは当然のことなんですけど、どういう風に受け入れたらいいのやら・・・いまだに不思議な感覚です。
葬儀屋の商法は、ほとんどボッタクリ。あの箆棒な料金、何とかならないものでしょうか。
いっそ生きている間に、自分のための「簡素な葬儀」を計画しておくべきかも知れませんね。
Posted by: 通りすがり at 2004年09月06日 20:33