そういえば談志の蜘蛛駕籠を観ていた

談志が亡くなった。最初の報は一昨日にtwitter経由で入ってきた。ジョブズもそうだった。そういう時代なんだな。驚きは、そんなに無かった。でも、談志のことだからもうちょっと生きてしまうんじゃないか、という気持ちもあったので、やはりちょっぴり唸ってしまった。

でもって、もうちょっと詳しく情報を拾ってみようと、昨日ネットでニュースを幾つか眺めてて知ったことがある。言われてみればそうなのだが、「談志の最後の高座、たしか俺見てるわ」、と。そっか、あれが最後だったか。感慨深いかというと意外とそうでもないけれど、ちょっと独特な雰囲気だったのでよく覚えている。ああ、自慢のネタが増えたな、というのはウソだけれど、まあ良い機会に巡り会えたのは事実かもしれない。

あれは、震災のちょっと前、3月6日(日)に川崎市の麻生市民会館で行われた一門会。談笑「片棒・改」、志らく「長短」などの後に談志登場。最初「長屋の花見」をやった。季節柄なネタ。ああ、声が出ないなあというのが、一番の感想。わかっちゃいたが悲しい。ピンマイク付けているが、ゼェゼェ言ってる息も一緒に拾ってくるので、余計に辛い。声が出ないから抑揚も付かないし、声色もない。ただただネタを繰ってる感じ。でも、わるくはない。不思議なのだけど。でもって、早く終わったからとか短かったから、とかそんなことを言って「もう一席やる」と。もちろんみんな拍手喝采。
んでもって、何やるのかなあと思っていたら「蜘蛛駕籠」だった。時折辛そうにしながらも、淡々と噺が進んでいく。何でこうしてまで喋るのだろうと、思ったりもした。ああ、この人は落語家なんだなと、しみじみ感じた。技巧とか個性とか解釈とか、いろいろなものがそげ落ちた、ただの落語があったような気がする。何となくだけれど。決して、良い高座ではないけれど、彼が落語家であることを嫌でも感じさせられた。みんな一言一句聞き逃すまいというと集中しながらも、一方で声が出なかろうが咳をしようがとにかく温かく見守る、というちょっと独特な客席ができあがっていた。それが結局僕が観た最後の談志の姿だった。世間的にも最後の高座だったようである。

ニュースを見ていると、「型破り、破天荒な落語家」としての立川談志が語られる。で、「型破り、破天荒」な方に着目して、過去のエピソード(議員時代とかさ)だとかをいろいろ書き連ねているものもあったりした。その辺も確かに立川談志ではあるんだけれど、最後の高座のあの姿は、ただただ落語が好きで好きでしょうがない、ただの落語家だったように思える。

不世出の天才かどうかはわからない。それほど熱を入れた訳ではないし、もっと好きな落語家も、個人的にはいる。ただ、そうだな「居残り佐平次」とか、絶品だと思う。幾つか、談志のが一番かもなと思うネタがある。生で観たのは結局2回だけ。その1回が最後の高座ということで全盛期は観ていない。今更ながら残念だなと思う。とはいえ、音源とかは結構聞いていたし、好きな落語家ではあった。若い頃の才気がほとばしっている頃も、ひとり会のDVDとかの頃、晩年のちょっと良い感じの境地の頃、ここ何年かの残念な姿も合わせて、注目せずにはいられない存在だった。そんな談志が居ないというのは、やはり寂しい。

大変な闘病生活であったらしい。どうか安らかに眠って欲しい。そして、あの世でも、いろいろ楽しくやっていただきたい。

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